歌劇場のアンダーワールド ー プロンプターのお仕事

 

歌劇場のバックステージ見学をなさったことはありますか?様々な大道具が置かれた広大な舞台裏、衣装室、バレーの練習場など普段見ることのできない場所を見るのはとても楽しい経験です。しかし舞台裏以外にもオペラ公演に大切な役割を果たしている隠れた秘密の場所があります。それがプロンプターボックスです。そこに入って仕事をする人をプロンプターと呼びます。

 

オペラ通という方の中でも最後のカーテンコールで歌手がプロンプターと握手したりすると、その歌手はプロのくせに台詞を覚えておらずプロンプターに助けて貰っていたのか、という感想を持たれる方がいます。が、いえいえ、それはちょっと違います。

 

プロンプターは単に台詞を教えるだけではありません。歌手がプロンプターと握手する深い理由があるのです。彼らはオペラを上演する上で私達が想像する以上にとても重要な仕事をしているのです。

 

ぼんやりと舞台を見ているだけではほとんど認識できませんが、多くの歌劇場の舞台中央の前面、オーケストラピットの後ろに奇妙に出っ張った小さなでっぱりがあります。これがプロンプターボックスです。

 

観客側からはただの出っ張りにしか見えませんが、舞台の側から見るとボックスの中に人の上半身が見えます。この人がプロンプターで彼(彼女)は歌手達にセリフを教えたり、指揮のタイミングを教えたり、と歌手に指示を出して(プロンプトして)いるのです。

 

彼らは非常に高度な特殊技能を持っています。ボックスの中に設置されたモニターに映し出される指揮者に合わせて歌手達に指揮のタイミングを教えるばかりでなく(舞台上の歌手達には指揮者がよく見えなかったりするので)、同時に舞台上の歌手にセリフを教えるのですが、そのタイミングは実際に歌うよりほんの少し早いのです、また歌の出だしを揃えるためのタイミングを合唱やソロ歌手達に知らせるという重要な仕事も受け持っています(ROHニュース2017.5.10)

 

さらに以前見た動画で語られていたことですが、プロンプターはリハーサルにも同席してそれぞれの歌手が苦手とする箇所やプロンプトして欲しいところを把握した上でプロンプトしているようです。

 

ですからオペラの全スコアを(しかも様々な言語の)全て理解し、喋り、歌手の心理なども理解してプロンプトすることができなければこの仕事は務まりません。絶対間違えてはいけないので公演の間中神経は張り詰めているでしょう。

 

下の動画には "Colleagues"「同僚」というタイトルが付けられています。ここには二人の女性が登場します。一人は指揮者(金髪の女性)、もう一人がプロンプター(黒髪の女性)です。英語の字幕がついています。

(Youtube上で見られるようになっています。"Watch this video on Youtube" をクリックするとYoutubeに飛びます)

 

指揮者とプロンプターは全く異なる職業でありながら、私にはとても似た仕事をしているように思えます。

 

ただし指揮者は表に立ち最後には観衆からの喝采を受けるのに対し、プロンプターは孤独で完璧な裏方仕事で、公演の後で華やかな喝采を受けることもないのです。全くに報われない仕事のようにも思えるのですが、彼らは誇りを持ってこの困難でやりがいのある仕事を黙々とこなしているのだなあ、と感慨にふけってしまいます。

 

でも時々、歌手達がプロンプターをねぎらってプロンプターボックスの中にいるプロンプターと握手したり拍手を送ったりするのを見るとiltrovatoreの心は和みます。(2017.07.02.wrote、2021.03.18 revised) おたく記事へ戻る