パリオペラ座鑑賞記 「魔笛」と「カルメン」 パリオペラ座バスチーユ

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「魔笛」 パリオペラ座バスチーユ 2019.5.21.公演

 

この公演はロバート・カーセンの演出です。舞台はプロジェクションマッピングで明るくさわやかな森の中を表しています。床は青々とした芝生。ここで歌うのは善良な人=(おおかた)白い衣装、が多いです。この舞台の端の方には穴が掘ってあり下の世界へ通じるハシゴがかかっています。

 

下の世界は暗く、土と棺桶しかない乾いた土色の世界。タミーノとパミーナの最後の試練の場面では火が燃えたりしてちょっと変化があります。夜の女王がパミーナにナイフを渡したり、タミーノやパパゲーノに様々な試練が課されるのはこの場所です。悪者達は(おおかた)黒い衣装を着けています。オペラはこの2場面で演じられます。

 

歌手の衣装は現代風。大道具はほとんどなし。ただし舞台への光のあて方を工夫し平板な床に高低差が出来て見え大道具で台をつくったようにも感じられます。タミーノを襲う大蛇はちっぽけなヘビ(写真左、3人の侍女の前に伸びている太ひもみたいな奴)。

 

と、全体に金のかかってない演出なのですが、上と下2つの世界のメリハリが効いています。

 

歌手はほぼ全員私が知らない多分フランス人達。おっとテステ (ディアナ・ダムラウのご主人)がいました。ドイツ語でザラストロを歌うテステなんてフランス以外では見られないでしょう。フランス人の歌うドイツ語はなぜかとても柔らかく聞こえました。(べつに悪い意味ではありません)

 

主役達の声は良く響き、きれいな歌い方で上手いです。特にパミーナの “Ach, ich fühle’s es ist veruschwundenn” 「ああ、愛が失せてしまったのを感じる」 は柔らかく美しかったです。夜の女王だけが少々大変そうでした。

 

上の緑の世界と下の土の世界。白の善人と黒の悪人。と単純化された、そして隅々まで演出家の才能が光る小洒落た舞台。ストーリーも分かり易く、芝居もうまくて、飽きませんでした。聴衆(さすがに子供多し)も楽しめたようで、最後は満足の大きな拍手がわき起こりました。

 

ついでですが、カーテンコール。男女一組づつ出てきて挨拶した後、男性が女性を抱えて舞台から走り去って行くのですが、抱き方のバリエーションの面白さに笑いました。この面白さは言葉で説明しにくいです。


「カルメン」パリオペラ座バスチーユ 2019.5.20.公演

俗に言う「自動車カルメン」。Calixto Bieitoは暴力的な演出が多く今回のカルメンも暴力とセックスが散見され、子供に見せるのはまずいかな、と言う感じです。

 

しかし今回の演出で一番感じたのが、「何もない舞台」でした。少々の大道具は有りますが運動場のような舞台で意味不明の男性がその中を走り回り、同じく意味不明な酔っ払い風の男がいる。第2幕になると自動車が出てくるくらいです。

 

スペイン、セヴィリアのたばこ工場、パスティーアの酒場、山賊の潜む山間、闘牛場の雰囲気は「かけら」もないので、歌手は歌唱と演技で勝負するしかありません。もしかしてこの2つの能力に優れた歌手達が演じればそれなりの成果が出る舞台かも知れませんが、そうでない場合は悲惨になります。

 

今シーズンパリの「カルメン」はAチーム、アラーニャ(但しキャンセル)とラチヴェリシュビリでしたが、私の見た回はBチームでラチヴェリシュビリを聴く事は出来ませんでした。

 

で、始まったオペラですが、総じて皆さん声は良かったのです。カルメン役 Ksenia Dunikovaは滑らかで豊かなメゾ声、ミカエラは Nikola Carで顔良し声良し、エスカミリオ役の Roberto Tagliaviniも格好いいし、いい声で歌っていました。そしてこの3人の歌唱力も演技力も一流の真ん中くらいと思えました。

 

問題はドン・ホセ役 Jean-Francois Borrasです。ごく普通のテノールで問題無く通る声を持っているのですが、良いのは喉だけでドン・ホセが変容してゆく歌唱表現がいまいちでした。しかもとってつけたような演技。特に第4幕は悲惨なまでの下手さ。これは学芸会か?

 

「カルメン」というオペラはドン・ホセの変容が重要なファクターになっていて、このキャラクターを歌う歌手の演技がだめだと他の歌手がよくても公演を楽しめないということが分かりました。

 

(ただし、Borrasの名誉のために付け加えると、芝居と歌が圧倒的に上手いカウフマン・アラーニャ演ずるドン・ホセが私の評価基準スタンダードになっていると思われます。)

 

更に追い打ちをかけたのが脇役です。密輸団のダンカイロ、レメンダード、メルセデス、フラスキータとカルメンが歌う第2幕の五重唱。私の大好きな重唱です。

 

タッタ、タッタ、タッタ、タッタと、とてもリズミカルに早いテンポで歌われる曲です。楽譜にもAllegro vivo (快速に、陽気に、アレグロより速く活き活きと)って指定がある。これがタータ、タータ、タータ、タータとリズム感なく重たく平板に歌われて参りました。これは歌手達の責任か指揮者の責任か?

 

最後はへたさに腹を立てカーテンコール写真を撮る気にもなりませんでした。 (2019.5.31. wrote)

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