バイエルン歌劇場が観客を入れて公演するのは半年ぶりです。ただしお客は700人限定なので全座席の1/3が埋まっているだけです。なんでもワクチン接種済証明とかウイルス陰性の証明がないと劇場に入れなかったそうですが、それでも「やっとここまで来たか」と感慨深い公演でした。公演の最初に出てきてスピーチしたNikolaus Bachlerさんもうれしそうでした。
今回の公演はJonas Kaufmann (ジークムント)、Lise Davidsen (ジークリンデ)、Georg Zeppenfeld (フンディング) と豪華な顔ぶれでした。
Jonas Kaufmannは今回も調子がよかったです。コロナ禍の最中に歌った、バイエルン「ボエーム」、サン・カルロ「カヴァレリア・ルスティカーナ」、パリ「アイーダ」などでも感じたのですが、コロナ以前より声の調子が良い状態がずっと続いています。高音フォルテは輝かしく密度が濃く響きが素晴らしい、そしてとてもレガートに美しく歌っています。
ワルキューレ第1幕のテノールの最初の聴かせどころは ”Wälse!Wälse!”でしょう。今回最初の "Wälse!" はいくらか短く父親に呼びかけるように(とはいえ7〜8秒は続いたかなあ)、二回目は父親に懇願するように長〜く歌われました。
しかしなぜか長いとは感じられず歌うに必要な長さと感じられました。それが彼の表現力の素晴らしさなのでしょう。どちらの "Wälse!"も音を単に直線的に引き延ばす歌い方ではありません。密度の濃い輝かしいフレーズが大きな弧を描いて観客席に放たれているようで、悲劇の英雄の心情を "Wälse!"の一声(二声かな)で見事に表現していました。昨年パリで聴けるはずだったけれどキャンセルされてしまった彼のジークムントをいつか生で聞きたいです。
一方、「冬の嵐は過ぎ去り」は甘く柔らかくレガートに歌われました。この柔らかなレガートが彼の十八番です。彼のドイツ語は言葉の最後の子音がキツくないですね。ワーグナーの楽劇では言葉の最後の子音は唾を吐くように強く発音されることが多いのですが、彼はそのような発音に疑問を呈しています。彼はもともと歌のラインをレガートに歌うことを心がけているのでこのような比較的柔らかい発音をするのでしょう。
まだ若いLise Davidsenは人気沸騰中の大型ドラマチックソプラノ。声も大きいが体も大きく、背の高いGeorg Zeppenfeldよりももっと上背があります。しかも彼よりもガタイがしっかりしているのでさらに大きく見えます。テノールとしては決して背が低くはなく体格もしっかりしているカウフマンが小さく見えます。そんな彼女の体から繰り出されるのは強く張りがあり高音でも決して潰れないレガートな声。しかも表情豊かな歌いぶりでカウフマンと対等に渡り合っていました。素晴らしいワーグナー歌いです。
フンディング役のGeorg Zeppenfeldはコンサート形式ながら非情なフンディングを歌と演技で表現していました。彼の声はよく響き滑らかで低音の響きが特に美しかったです。
ところで、全体的に素晴らしいコンサートでしたが、最初は音楽が締まっていないというか、物足りないような感じがしました。なぜかと思ったのですが歌のない箇所(オーケストラだけが鳴っている箇所)で演技がついていないためかもしれないと思い至りました。ワーグナーの音楽は歌、オーケストラ、演技が一体となって初めて完璧なのかもしれません。しかし後半の歌が盛り上がってくるところになるとそんな感じも消えてしまいました。
第1幕が終わると盛大なカーテンコールで、拍手・ブラボーばかりでなくミュンヘン名物の足踏みが響き渡りました。700人しかいないとは思われないほどの盛大な足踏みで観衆の喜びが伝わってきました。うわ〜、この会場で私も足を踏み鳴らしたかった!
最後は指揮者、Asher Fischのピアノ伴奏でアンコール。
Jonas Kaufmannはヴェーゼンドンク歌曲集から "Träume" (夢)。「トリスタンとイゾルデ」の旋律が聞こえます。つい先日聞いたMETの「Wagnerians in Concert」ストリーミングでもElza van den Heeverさんが歌っていました (鑑賞記)。Lise DavidsenとGeorg Zeppenfeldはそれぞれグリーク作曲の "Våren" (春)とR.シュトラウス作曲の “Wie schön ist doch die Musik”(「無口な女」より)を歌いました。
6ヶ月の沈黙を破った最初の「有観客公演」にふさわしい充実した内容でした。後日評論をいくつか眺めその感想などを書いてみます。
(2021.5.18 wrote)
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追記:評論を4ー5編眺めてみた印象です。
どの評論も劇場にオペラが戻ってきた、ああ、ロックダウンが終わる。なんて素晴らしい!!の思いに溢れています。ヨーロッパはどこの国も厳しいロックダウン状態がやっと解除されてきたところで、これからの明るい希望の象徴が「オペラ再開」なのかもしれません。評論が揃いも揃ってべた褒め状態で、まるで「歌劇場再開ご祝儀」評論のように見えます。実際公演は素晴らしかったですから文句はありませんが。
今回の公演はオペラ再開に相応しく歌手達も豪華でした。on demandを視聴なさった方も同様に感じていらっしゃると思いますが、同じくどの評論も主役三人の素晴らしさを口々に褒め称えています。
Jonas Kaufmannのジークムンドは何年も前から「極上」の定評がついています。今回もその繰り返しのようにヒロイックな場面でのカウフマンの声の力強さ、およびジークリンデとの愛の場面などで使われる彼の十八番のメッサ・ヴォーチェを使った叙情的な柔らかさが絶賛されています。しかし彼にとってこのような賛辞はいつものことかもしれません。
私がこのページの上に「(彼は)コロナ以前より声の調子が良い状態がずっと続いています」と書きましたが、複数の評論家が大なり小なり似たようなことを書いているのも可笑しかったです。現在の彼は(強制的に休まされたために?)よっぽど調子が良いに違いありません。
Lise Davidsenですが、彼女の声の巨大さ、高音の素晴らしさばかりでなく、叙情的な歌い方も褒められており、ジークリンデのキャラクターを深く表現しているのが大いに称賛されていました。彼女は久々に出現した大型ワーグナー歌いソプラノのポジションを確実にしているように思えます。
最後にGeorg ZeppenfeldもJonas KaufmannやLise Davidsenと同様に褒められていました。確かに気品のある美しい滑らかな低音でしたし、表現力も抜群でした。 (2021.5.21 wrote) 鑑賞記に戻る